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反日プロパガンダ展「表現の不自由展」が中止!


2019/8/6  ”時事評論”   
ー8月1日から愛知県名古屋市美術館などで開催中だった国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」に出展された「平和の少女像」などが批判、抗議、テロ予告まで受けたため、同芸術祭を主催する実行委員会会長の大村秀章愛知県知事は3日、同展の中止を記者会見で発表した。また同日、芸術監督を務めたジャーナリストの津田大介氏は同企画展中止の会見を開いた。  
 「あいちトリエンナーレ」は3年毎に開催される日本最大規模の国際芸術祭。2016年の展示会は60万人の観客が訪れた。  

        *        *        *   

ー企画展「表現の不自由展・その後」で展示された「平和の少女像」は韓国の彫刻家、キム・ウニソン氏とキム・ソギョン氏夫妻の作品。2015年に東京私立展示館で「表現の不自由展」と題して展覧会を開催。「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督でジャーナリストの津田大介氏が作品の展示を進めた市民に依頼し、今回「平和の少女像」の展示が実現した。  
 しかし河村たかし名古屋市長が指摘するように、そもそも国民の血税10億円を投じて公立美術館で企画・開催すべき展覧会なのか!?今回、企画展「表現の不自由展・その後」に展示された17点の作品は昭和天皇の写真を燃やし、天皇制を冒瀆し、安倍首相を揶揄し、日韓史を歪曲する少女像など一体どこが「表現の自由」なのか!?芸術の名を騙るテロリストの所業にも等しい。
 3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を受け、芸術監督の津田大介氏が記者会見を行った。この会見で津田大介は「『表現の自由』をテーマにした物議を醸すような企画を国際芸術祭というお祭りの場でやることに意味がある」と自らの確信犯振りを吐露している。   
 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」は文科省・文化庁の管轄下にあり、国の助成事業として補助金が交付される。巧妙に芸術と表現の自由に名を借り、同展に展示された「平和の少女像」を含め、国際社会に向け日本が国として慰安婦を認めたことにもなり兼ねない。  
 自称「芸術監督」、その正体は反日プロパガンダのアグリィな「金髪豚」津田大介の赤いレトリックと反日左翼利権に決して騙されてはならない!   

ー写真カットは、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を受け、記者会見を開いた芸術監督の津田大介。8/3付ニュース動画の映像から転載。   

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宇佐美賢一市議インタビュー 後編

2019/7/23  ”フリーライター・シリーズ”   
ーQ:京都維新の会の発足と経緯について。   
ーA:元自民党府議の田坂幾太さんが京都維新の会を立ち上げました。橋下徹さんの日本維新の会が大阪で設立された4年後の2016年1月に合流。その後、橋下さんは国政に進出。   
ーQ:田坂幾太さんは自民党の重鎮だった方ですね。私は以前事務所でお会いし、直接お話を伺ったことがあります。  
ーA:私はその後、京都維新の会の候補者として入党しました。元衆院議員の清水鴻一郎さんも初期のメンバーです。  
ーQ:やはり自民党出身者の方が多い。  
ーA:すべての方がそうではありませんが、一部みんなの党の出身者も。その後、日本維新の会へ合流しました。大阪維新の会も自民党出身者が多々います。松井一郎も然り。維新の創世記、自民党出身者が旗揚げした経緯があります。  
ーQ:京都維新に話を戻すと、田坂幾太氏の志の下に同志が結集し、現在府会と市会を合わせて「七人の侍」ならぬ(笑)、7人の維新団がいらして、京都でも一定の勢力を持つに至る。大阪維新は府知事と大阪市長のクロス勝利、府会と市会でも圧勝しました。 
ーA:大阪維新は国政の場ではまだ国会議員10名(7月21日参院選開票現在)に留まっていますが、橋下徹氏が2期大阪市長を務めたことで一定の評価があります。大阪では府会市会を含め今、与党としての地位を占めるに至りました。一方、京都市会では67議席中5議席。やっと今回交渉会派になりましたが、条例提案には6議席が必要。まだ力が足りない状況です。  
ーQ:公開してもいいと許可を頂いたのでここで言いますが、来春任期満了に伴う京都市長選で維新の市議団は独自に市長候補の擁立を検討中とのことです。その話を聞いて私も興奮しました(笑)今後、京都市政で維新が大きな勢力を持てば、京都は変わると思います。京都が大阪が関西が変われば、日本は変わります。  
ーA:我が党は常に公募を行っている。市会の議場で我々の主張がどこまで実現されるのか、冷静に見て判断していく必要がある。
ーQ:大阪維新の会との連携について。   
ーA:基本的に京都のことは京都維新の会でやります。京都の施策に関しては「維新 京都八策」で公表したように独自に知恵を絞っていく。その上で関西全体の活性化については、2025年大阪万博の実現が決定されたように大きな枠組みで取り組む。現在、大阪維新は大阪都構想の実現が大きな課題。今回のダブル勝利、堺市長選の勝利で維新の勢いに弾みがついた。  
ーQ:最後に宇佐美さんの2期目に向けた抱負について伺います。   
ーA:京都市民が自信を持てるような街作り、市政運営を心掛けたいと思います。そのために我々に何が出来るのか、具体的に考えていきたい。観光公害という議員もいるが、観光客自身に悪意があるわけではなく残念に思う。観光公害を生み出したのは政治の責任。人々が集まってこそ京都が都として持続する。観光客と共に発展する京都。他者に対して不寛容にならないように弊害を政治が主導し、悪い点は整備する。    ―中略―  
 私が重要だと思うのは、これまで京都が培ってきた伝統を京都市民だけで維持できるのかという点です。幅広い視点で都市の運営を進める必要がある。京都の良さが100年、200年と続くためにはどうすれば良いのかという視点も大事。単なるベッドタウンではない役目が京都にはある。   
 今や観光公害が叫ばれ、京都財政の危機が指摘される。なぜここまで来てしまったのか、その責任も含め我々は自問し、問題を解決する必要がある。「じゃあこれからどうするのか」と真摯に考えていくことが、維新の良さでもある。そういう目線で今後も市議団として、また来春に市長選も控えたこの機会を捉えてしっかりと政策を訴えていきたい。  
 現在、147万人の京都に首長は一人だけ。11行政区のレベルに改編し、もっと木目の細かい仕組みに変えるべき。市民の皆さんの声を反映しその期待を実現化し、実行する維新の良さをこの京都でも根付かせ、広げて行きたいと私は考える次第です。 
ー本日はありがとうございました。
      
          (了)

 

京都アニメーション放火事件を追う!

2019/7/22  ”時事評論”   
ー18日午前、京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」の第1スタジオで爆発音があり、3階建て建物が全焼する火災が起きた。火災当時、建物内には74人の従業員がおり、21日現在、この火災による死者は34人、負傷者は34人に。平成以降に起きた火災事件で最悪最大の犠牲者となった。  
 放火現場から逃走した犯人の男が近くの住宅地で警察によって身柄を確保された。男は自らも全身に火傷を負い、病院に搬送された。警察は男の回復を待って詳しい事情を聴く方針。   

       *       *       *       

ー18日、京都府警察本部は放火した疑いで身柄を確保した男について、住所不定・職業不詳の青葉真司(41)であると名前を公表し、20日に逮捕状を取った。   
 青葉容疑者は建物1階の正面玄関から侵入。「死ね!」と叫びながら、用意したガソリンをバケツに入れて撒き、ライターで火を点けたとされる。住民の目撃情報によると、青葉容疑者は数日前から現場周辺を下見し、ガソリンを購入し、綿密に計画をしていたと見られる。  
 京都アニメーションは虫プロダクションでスタッフとして働いた経験を持つ八田陽子が夫の英明を社長に据え、1985年に設立。京都府宇治市に本社と京都市伏見区に複数のスタジオを構える。「涼宮ハルヒの憂鬱」「けいおん!」「中二病でも恋がしたい!」など多くのテレビアニメのヒット作品があり、海外にも熱心なファンを持つ。   
 今回、たった一人の狂気により、「京アニ」の名前で親しまれたジャパン・アニメの名作、原画や資料も建物毎焼き尽くされ、日本中、世界中のファンの夢も希望も打ち壊されてしまった。「京都アニメーション放火事件」は単なる放火事件ではなく、1995年に起きた「地下鉄サリン事件」の死者13人を上回る犠牲者を輩出した単独犯による未曾有のテロ事件である!  
 私は今後も「京都アニメーション放火殺人事件」を追う!   

関ヶ原 (1)


2019/7/16  ”名作映画”  
ー全国100万の邦画ファンの皆さん、今日は、二階堂です。7月に入り、京都の街は祇園祭一色となりましたが、本日は「関ヶ原」(原作:司馬遼太郎、監督:原田真人、2017年)を取り上げたいと思います。構想10年、主演の岡田准一が石田三成を演じ切れる年齢になるまで原田監督が待ったと言われる関ヶ原の戦いを描いた話題の時代劇映画。尚、本作は皆さんお近くの「ツタヤ」にてレンタル作品であります。   

 ファーストシーンは、薄が揺れる関ヶ原を石田三成(岡田准一)と家臣の島左近(平岳大)が騎馬で駆ける場面から始まる。三成は馬から降り、小さな祠の地蔵を手に取り、手を合わせる。     
 シーンは一転し、現代へ。ある寺で老人が語る関ヶ原の戦いに耳を傾ける麦藁帽子の少年。原作者、司馬遼太郎の少年時代の記憶に遡り、関ヶ原の戦いを語る語部として本作ストーリーが展開する。   
 そして少年時代の三成と秀吉の出会いのシーンへ。鷹狩りの途中、寺に立ち寄った秀吉にお茶を差し出す佐吉。三杯の茶の持て成し振りと佐吉の才知を見抜いた秀吉は佐吉、後の三成を召し抱えることに。16年後、天下取りに邁進する秀吉に仕える三成は能吏としてその頭角を現す。   
 五奉行に出世した三成は、徳川家康(役所広司)ら五大老が出席する豊臣家重臣の会議に参列。秀吉に謀反を起こした関白の秀次を処刑し、その一族郎党もすべて斬首する決定が下る。処刑当日、京の三条河原で秀次の正室、側室、侍女らが処刑される場に立ち合う三成。処刑の直前、小早川秀秋(東出昌大)が三成に駆け寄り、秀次の側室駒姫延命の約束を反故にされたことで三成を責める。処刑人が刀を手にしたその瞬間、侍女に扮したくノ一の集団が処刑人らに斬り掛かる。  
 一人果敢に戦うくノ一の初芽(有村架純)の奮戦振りに感服した三成は彼女をその場で救出する。騒ぎが治まると、三成は処刑場から立ち去った浪人の島左近の後を追う。  
 「家来になって頂きたい」と左近の家にまで押し掛けて懇願する三成。好色漢で暴君の太閤秀吉を批判していた勇猛果敢な武将左近だったが、どこまでも正義を貫く三成の志と人格に惹かれ、19万石の半分の高禄で三成の家臣になることに同意する。卑賎の身分から身を興し、戦国の乱世に天下を統一した豊臣秀吉。その秀吉を取り巻く正室の北政所、主君信長の姪である側室の淀殿、そして豊臣家家臣団の武将たちの人間模様を語部として司馬遼太郎は喜劇と悲劇を織り交ぜながら鋭利かつ風刺的に語る。 夜、傷が癒え、三成の屋敷の部屋で目覚めた初芽。侍女から奪った短刀を手に書斎に座る三成に背後から迫る。そこで三成が掲げる旗印「大一大万大吉」(=天下のために万民が心を一つにして力を尽くすせば、天下は栄えるの意)に感銘を受け、伊賀の忍びの娘である初芽は三成に仕えることに。  
 しかし秀吉亡き後の天下取りを狙う有力大老の徳川家康と秀吉の忠臣三成との対立、確執が日毎に顕著になる。朝鮮出兵の敗走で転封・減封された小早川秀秋の心の隙間に家康は巧みに取り入り、若き武将秀秋に裏切りを吹き込む。そして病が進行する秀吉の家臣団に分断・切り崩し工作を着々と進める家康だった。  
 そして慶長3年(1598年)8月18日、伏見城で太閤秀吉が没する。天下は動乱へ。    

ー以下、第2弾に続く。   

ー写真カットは、関ヶ原の戦いの2年前、三成が看取る中、伏見城で秀吉が息を引き取るシーン。 
  

    

宇佐美賢一市議インタビュー 前編

2019/7/16 ”フリーライター・シリーズ”   
ー全国の皆さん、今日は、フリーライターの二階堂 新です。本日、新シリーズをスタートします。7月3日、宇佐美賢一京都市会議員(日本維新の会、左京区選出、48歳)の事務所に伺い、以下インタビューを行った要約です。  
Q:二階堂)本日はご多忙の中、ありがとうございます。この春、統一地方選で2選を果たされた宇佐美賢一市議に京都維新の会と京都市政についてお聞きしたいと思います。まず出身地と経歴について伺います。  
A:宇佐美市議)出身は大阪府の八尾市です。  
ー以下、Qと略す:京都大学法学部ご出身ということで、優秀ですね(笑)  
ー以下、Aと略す:いえいえ、大学時代は京都にいて。大学を卒業してからは、神戸の三菱重工で営業と事務方の仕事をしていました。   
ーQ:その後、ウサミ商会を設立されたということですが、何の会社ですか。  
ーA:10数年前に中古車を取り扱う会社を自分で立ち上げました。その時京都へ来ました。私の妻が京都の出身です。  
ーQ:それから行政書士の資格をお取りに。  
ーA:平成22年に行政書士の登録をしました。   
ーQ:なぜ行政書士の資格を取ろうと思われたのですか。  
ーA:私自身が法学部出身でもあり、一般の方にとって法律、行政について分かり辛い点があるため、何かお役に立てることは出来ないかと思って資格を取得しました。  
ーQ:具体的にはどういう仕事ですか。  
ーA:基本的に言うと、行政書士と司法書士の二つに分かれます。司法書士は裁判所、法務局の窓口業務を分担。一方、行政書士はそれ以外の行政機関、市役所や府庁など役所の窓口に書類を提出するのが主な仕事です。  
ーQ:ある維新の市議の方は「先生と言うな!」と言われているのですが(笑)、ここで敢えて先生ではなくて宇佐美さんと呼ばせて頂きますが、2011年になぜ京都市の左京区から市議選に立候補されたのですか。  
ーA:2011年当時、私はみんなの党から立候補しました。その頃、京都に維新の会はまだありませんでした。私自身、生まれも育ちも京都ではありませんが、私の奥さんの出身が京都です。妻も娘もこの町で生まれ育ち、私自身も自営業に従事していろんな人た人たちと関わりを持ちながら、教育上の問題点と改善点を共有することが出来ればと思い、立候補するに至りました。  
 また身近な所で政治家の知人にも接して選挙活動を通じて、自分もやってみたいと思った次第です。  

ー以下、インタビューは本題へ。次回、後編に続きます!   
プロフィール

二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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