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関東地方で最大震度4の地震


2016/7/18  ”時事評論”   
ー3連休最終日の夜のひととき、皆さん、如何お過ごしでしょうか。このところ日本中、世界中で大きな事件が相次ぎ、ペンで戦うフリーライター、二階堂、3連休も休まず以下、レポート記事をアップします。  
 昨日17日の午後1時24分頃、関東地方の広い範囲で最大震度4を観測する地震があった。気象庁によると、震源は茨城県南部、震源の深さは約40キロ、地震の規模はマグニチュード5.0と推定される。茨城県、栃木県、千葉県、神奈川県の各地域で震度4を観測。また東京23区でも震度3の揺れを観測した。  
 この地震による津波の心配はない。新幹線は一時運転を見合わせたが、午後1時半以降、順次運転を再開した。また現在、運転停止中の東海第2原子力発電はこの地震による異常はないと、日本原子力発電が発表した。   

       *       *       *    

 3連休中平和惚けニッポンの首都圏を襲った晴天の霹靂とも言うべき今回の震度4の地震。奇しくも熊本地震発生から3ヶ月、先月6月中旬に敢行した熊本取材から1ヶ月後、終に首都東京で地震が!私は何かの因縁を感知しないではいられない。  
 地震と余震に揺れ続ける日本列島。既にこれは何らかの予兆、前触れなのか!?私はこれからもわがペンで追い続ける!  

ー写真カットは、7/17付、「関東地方で震度4の地震」のニュースを伝えるANNの地震速報。You Tube動画から転載。  
  

  

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C-130、内戦前夜の南スーダンへ飛ぶ


2016/7/13  ”時事評論”  
ー2011年7月、石油利権をめぐりスーダンから分離・独立した南スーダン。その後2015年8月、対立していたキール大統領派とマシャール副大統領派による停戦合意が成立した。  
 その南スーダンの首都ジュバで10日朝、キール大統領支持派とマシャール副大統領派の反政府勢力による大規模な戦闘が再燃した。その数日前から続いていた両派の銃撃戦で死者は275人に。銃撃が始まったのは、反政府軍のキャンプ内。政府軍が同キャンプをヘリ、迫撃砲、重火器で砲撃し、さらにこの戦闘で国連施設も攻撃を受け、避難した南スーダンの難民にも多くの負傷者が出た。
 10日に起きたこの戦いで両派の戦闘は激化、昨年8月の停戦合意から再び内戦状態へ逆戻りした。国連安保理は停戦合意を無視した両派を激しく非難。また国連のパンギムン事務総長は10日、「両派の部隊が撤退するよう強く要請する」との声明を発表した。翌日の11日、キール大統領とマシャール副大統領は配下の部隊に戦闘停止を命じたが、現地では12日にも散発的な銃撃戦が続いている。   
 現在、南スーダンには日本の陸上自衛隊が駐留するほか、国際協力機構(JICA)の関係者ら70人の邦人が滞在する。日本政府は11日、C-130輸送機3機を近国ジブチへ派遣することを閣議決定。中谷元防衛大臣が派遣命令を出した。11日夕、C-130輸送機1機が、航空自衛隊小牧基地を離陸した。  
 首都ジュバには、JICA関係者50人を含む70人の邦人が滞在中。また現地では陸上自衛隊の施設部隊が、国連平和維持活動(PKO)に参加している。邦人保護のため、陸自PKO部隊が邦人らを陸路で空港まで輸送し、その後、自衛隊の輸送機で南スーダン国外に退避させることも検討する。PKO法に規定された業務内で、邦人退避のために適用・実施されれば、今回が初のケースとなる。  
 先週、7月5日、バングラデシュのダッカで、過去最悪邦人7名が犠牲となるテロ事件が起きた。中東、アラビア半島、西欧各国、そしてアジア地域でも今やテロが拡散・拡大化する。今後も日本政府は、海外の紛争地において邦人保護のため自衛隊による超法規的救出劇を展開することになるだろう。  

ー写真カットは、7月10日、南スーダンの首都ジュバで再燃した戦車、ヘリ、重火器による大規模な戦闘のワン・シーン。7/11付、
CNNのニュース動画から転載。   

二階堂 新、先斗町を歩く


2016/7/11  ”京都シーン行”   
ー7月に入り、祇園祭が始まった夏の京都、いよいよ今週末、祭りは最高潮へ突入します。本日は、先週7/8(金)午後、京都のディープ・ゾーン、先斗町を歩いたレポートを以下、お届けします。  
 まずある所用のためマウンテンバイクに乗り、四条烏丸へ向かう。市内中心部の大型書店の前に愛車を停め、四条烏丸の交差点へ。四条通り商店街には、早くも祇園囃子の音色が流れる。用事を済ませてふと見ると、直ぐ近くに長刀鉾が建つ長刀鉾保存会がある。早速、Dバッグからコンパクト・デジカメを取り出し、正面全景のカットを撮る。入口前には、小さな白い皿に盛った清めの塩が置いてある。  
 再び愛車のマウンテンバイクを走らせ、河原町二条へ。河原町二条の交差点を左折し、二条木屋町を南下する。三条通りを通過し、先斗町歌舞練場南側の一角に愛車を停める。そこから歩いて2、3分、先日の7日午後7時過ぎ、先斗町の居酒屋「茜屋純心軒」で起きた火災現場をデジカメを片手に現場検証する。  
 丁度入口付近には、店の関係者らが出入りしていた。デジカメをそっと取り出し、さり気なく観光客を装い(笑)、周囲の風景を撮る。あまりしつこいと怪しまれるので、一度現場を離れる。平日午後の先斗町通りの500メートルを実際に歩いてみる。その2メーターにも満たない細い路地の両側には飲食店、老舗和菓子店、レストラン、バーが軒を連ねる。台車に食材のダンボール箱を積んだ業者、出入りの店の関係者らが行き交う。  
 途中、小さな公園があり、隣接する駐車場の鉄柵には参院選候補者の間の抜けた顔写真のポスターが掲げてある。前方で赤い浴衣姿のバックシャン美人(笑)をカメラマン風の若い男が撮っていたので、声を掛けてみる。すると写真を撮っていたのは男ではなく、ボーイッシュな若い女!?日本人かと思ったが、二人とも香港から京都へやって来たと言う。歩きながら、片言の英語で暫し話す。私が香港の映画スター、ジャッキー・チェンのファンだと言うと、目を丸くして驚くボーイッシュな香港娘。やがて二人は先斗町のレストランへ入店、そこで別れる。  
 その後も、細い先斗町の路地をゆっくりと漫ろ歩く。町家風の店の前には納涼床の提燈が下がり、日本人観光客、外国人観光客らが店の前を覗き込みながら歩いている。ある店の前にはカラフルな和傘が展示してあり、竹の垣根がある料亭、新鮮な野菜を店頭に並べた店、京の和菓子を売る老舗和菓子屋と、いかにも京都らしい先斗町情緒を味わう。  
 やがて京のメイン・ストリート、四条通りへ出る。振り向いて見上げると、赤い提燈と先斗町の看板が。再び先斗町通りを北上して歩く。そしてもう一度、居酒屋「茜屋純心軒」の火災現場へ向かう。人通りも関係者の出入りも絶えた現場をゆっくりとカメラに収める。出火原因は、従業員が団体客用に燃やした20キロの炭が厨房で出火したとか。幸い火事による死者も負傷者もなく、店舗を2軒焼失したのみ。しかし火災現場に近寄ると、今も木材が焼け焦げた臭いが鼻を突く。  
 かくして午後5時前、そろそろ赤いネオン、白いネオンで色付く夕刻の先斗町を後にする。もう一つの京のディープ・スポット、木屋町ストリート夜の部は、いずれまたの機会に(笑)   

ー写真カットは、7/7夜、先斗町の居酒屋「茜屋純心軒」で起きた火災現場のブルーシート。7月8日午後撮影。  

熊本頑張れ!くまモン、頑張れ~!


2016/7/5  ”2016熊本取材行”  
ーいよいよ熊本取材行第5弾、最終回となりました。熊本取材3日目の朝、熊本市内の宿を出る。歩いて数分、予め調べておいた宮本武蔵旧居跡に向かう。   
 ここ、熊本城に隣接する旧千葉城跡の一角に、宮本武蔵(1584年~1645年)は晩年の寛永17年(1640)、肥後藩主細川忠利に招かれ、屋敷を与えられ熊本で過ごした。坪井川沿いに説明板と「剣聖 宮本武蔵旧居跡」の石碑が立つ。暫し剣豪 宮本武蔵の最晩年の姿に思いを馳せる。因みに、武蔵も私も同じ岡山県の出身じゃけんのう~(笑)  
 続いてNHK熊本放送局の前を通り抜け、熊本大神宮へ。熊本城の内の石垣に接するこの神社は地震のため城内の石垣が崩れ落ち、そのため神社の建物が崩壊、立ち入り禁止の境内には無残な建物の残骸と崩落した屋根が晒されている。賽銭箱に賽銭を入れ、デジカメと動画でそのシーンを撮る。   
 暫く付近の高橋公園を散策した後、市内中心部の下通り商店街へ。初日も利用した地元のインターネット・カフェに入店する。昨夜は夜と早朝に熊本市内で二度地震と余震があり、また深夜、未明に雷鳴、雷、集中豪雨が続き、ほとんど眠れなかった。インターネット・カフェの個室の椅子で暫し仮眠を取る。  
 午後2時過ぎ、退店すると、外は雨が降っていた。携帯用折りたたみ傘を差し、熊本市役所へと向かう。最後にもう一度14階に上がり、熊本城を見ておくことにする。エレベーターで14階のフロアーに着くと、日曜日にもかかわらず被災者向けの仮設住宅説明会が開催中だった。休日返上で市の職員2人が入口前に待機する。   
 熊本城が展望できるその14階のフロアーの通路には、熊本城の歴史と熊本城の地震被害史がパネルと写真と詳細な記録で展示してある。今回、熊本城の地震被害は400年に一度の災害かと思っていたが、実際には江戸時代に大きな地震被害が3回、明治時代以降も震度6.3の直下型地震の被害を受けている。やはりインターネット情報だけでなく、現場に来ないと分からない事実、現実もあるということを忘れてはならないと肝に銘じる。  
 最後に、14階の展示コーナーのガラス・ケースの上にわがDバッグを置き、遠方に熊本城の天守閣を配した構図で熊本取材行のラスト・カットを試みる。  
 熊本頑張れ!くまモン、頑張れ~!応援してるぞ~!来年もまた来るからな~!   

 かくして3日間の熊本取材を終え、6月19日午後9時過ぎ、熊本駅から京都行きの夜行バスに乗り、熊本を発つ。  

ー写真カットは、わがDバッグとくまモンバッジ、遠方に熊本城天守閣のラスト・カット。熊本市役所14階にて6月19日午後撮影。 


2016祇園祭スケジュール


2016/7/4  ”2016祇園祭”  
ー7月に入り、7月1日より京都の夏の風物詩、祇園祭がいよいよスタート!前祭と後祭に分かれ1ヶ月間、31日まで各行事が執り行われます。以下、2016祇園祭の日程をアップします。  

☆7月1日~5日  吉符入  各山鉾町にて祭礼の打ち合わせを行う   
ー1日午前10時  長刀鉾お千度 長刀鉾の稚児が禿を伴い、八坂神社に参拝  
ー2日  籤取式  山鉾巡行の順番を決めるため、市役所で市長立ち合いの下、各山鉾町代表者が籤を取る  
ー7日午後2時半  綾傘鉾稚児社参  綾傘鉾の稚児が神事の無事を祈り、八坂神社に社参  
ー10日~13日  鉾建(前祭)  各山鉾町で鉾の組立を始める   
ー12日~13日  鉾曳初め  各鉾町の人々がそれぞれの町内で鉾を曳く   
ー12日~14日  山建  各山町で山の組立を始める   
ー13日午前11時  長刀鉾稚児社参  長刀鉾稚児が従者を伴い、騎馬で八坂神社に詣でる。この後、17日の巡行まで身を慎む
ー14日~16日  宵山  各山鉾町では山鉾を飾り、祇園囃子を奏でる。祇園祭情緒が盛り上がる  
ー17日午前9時  山鉾巡行(前祭)  長刀鉾を先頭に鉾9基、山14基が四条烏丸から出発し、都大路を練り歩く  

 以下、後祭に続く。   

ー写真カットは、祇園祭のハイライト、山鉾巡行のシーン、雨の四条烏丸をゆっくりと進む山鉾。2015年7月17日午前撮影。

  
プロフィール

二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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