福山哲郎、その出自を問う!


2016/10/13  ”時事評論”  
ー全国の皆さん、今晩は。約3ヶ月のご無沙汰でした。本日、二階堂 新、当ブログに復帰致しました。夏以降、あまりの連日の酷暑にダウン。夏の間もツイッターは続けていたのですが。  
 それにしても今夏の記録的な猛暑と異常気象ー東北、北海道に台風が上陸し、東京を何度も台風が襲い、9月になっても酷暑が続く。終に阿蘇山が36年振りに爆発的噴火を起こした。さらに北朝鮮が日本の領海に何発もミサイルを撃ち込み、中国が尖閣諸島を実行支配し、沖縄の高江では県外出身者の反対派住民が不法占拠の暴挙。  
 2016年秋、私は今、天下動乱と天地の異変を感知する。我、今ここに覚醒せり!やっと気候も涼しくなり、体調も回復、気力も充実。本日、ブログ戦線に復帰します。  
 ターゲットは、福山哲郎、おまえや。かつて14年来、京都選出の若手国会議員として応援し続けた末、その正体を知り、決別するに至った私の個人的な恨みはこの際置いといて(笑)、福山哲郎のその出自を問い、その正体をわがペンで斬る!  
 福山哲郎、1962年1月19日、東京都に生まれる。父親は、陳栄澤が本名の在日外国人。少年時代、父が事業に失敗、倒産する。離婚後、母と弟と3人で京都市右京区嵯峨野に転居。地元の学校に通い、饅頭屋でアルバイトをしながら、夜学に通ったという。
 同志社大学を卒業後、大和證券に入社するが、1990年退社。同年、松下政経塾に入塾。在塾中、スリランカで社会活動家、アリヤラトネ師の下でサルボダヤ運動(農村開発運動)に参加する。帰国後の1992年、松下政経塾の京都塾頭に就任。1996年、衆院選に京都1区から出馬するが、落選。1998年、参院選に無所属で出馬し、初当選。当選後、民主党に入党。以後、4期18年参議院議員を務める。  
 2010年6月、旧民主党の菅内閣で仙谷由人内閣官房長官の鶴の一声で、福山哲郎は官房副長官に抜擢される。福山はこの官房副長官時代、自らが中学時代(1975年8月27日)、陳哲郎を福山哲郎名で帰化申請した事実を記述したwikipediaに抗議し、その一文を削除させた。また同じく2010年3月、「文藝春秋」誌上でその環境政策を批判したフリーライターの横田由美子さんを名誉毀損で東京地裁に提訴し、言論封殺を行った。  
 そして2015年9月17日、「安保法案」をめぐる参院平和安全特別委員会の採決では、福山や旧民主党議員らによる乱闘国会が繰り広げられ、彼らは議長代理の佐藤正久議員の前後から「集団的暴力」を加えた。その後福山は、国会演説で強行採決を行ったとして自民党を非難。議場で野次を飛ばした自民党議員に向け、血相を変えて睨み付け恫喝する独裁者たるその正体と素顔を国民の前に晒した。  

 民進党内には、陳哲郎こと福山哲郎、そして二重国籍のレンホウ代表を筆頭に多数の「なりすまし議員」が跋扈する。彼らは日本の国益、わが国の民主主義よりも中国共産党の方針と利益を優先する。  
 あの3年3ヶ月の悪夢の旧民主党政権から3年10ヶ月。今後百年末代に至るまで、我々は二度と赤い民進党に政権を明け渡してはならない!   

ー写真カットは、「二重国籍疑惑」民進党の危機にも懲りず、気炎を吐く陳哲郎こと福山哲郎(笑) You Tube「そこまで言って委員会
NP」2016年9月19日放送の動画から転載。  

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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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