地獄の黙示録 (2)


2017/12/27  ”名作映画”  
ー本作のロケは米軍の協力が得られなかったため、フィリピンのジャングルで行われた。戦闘機やヘリコプターはフィリピン軍の協力に拠ったが、当時フィリピンは共産党ゲリラとの内戦や反乱があり、撮影スケジュールは度々乱れた。ロケ中、台風がフィリピンを直撃し、映画のセットがすべて崩壊したことも。キャスティングのトラブルもあり、映画の撮影期間も当初の17週間の予定が61週間に延びた。映画制作費も約35億円の予算が3倍近い約90億円に脹らんだ。出演者同士のトラブルや事故も続き、遂にコッポラ監督が心労で倒れる事態に。  
 本作品をフィリピンの密林で撮影中の1976年頃、疲れたコッポラは休養で日本へやって来た。六本木の馴染みのバーに来ては、「映画が撮れない!撮れない!」と嘆いていたと、村上龍がどこかで言っていたナ。  

 本作ストーリーに戻る。川を哨戒艇で北上するウィラードは戦争の狂気を目撃する。川でサーフィンをするためだけで、ワーグナーの名曲「ワルキューレの騎行」を大音量にして流しながら、ベトコン地区の村を米軍ヘリ部隊と爆撃機が次々と空爆を加える。家々は焼き尽くされ、無辜の女子供、村人たちが犠牲となる。爆撃直後の村に隊長機のヘリで降り立ったキルゴア中佐が部下の前で嘯く。
 「朝のナパーム弾は格別だ」  
 コッポラはこのシーンでアメリカによるベトナム戦争の狂気を暗喩する。本作のテーマは独白のスタイルを取るウィラード大尉の物語であり、同時にジャングルの奥地に自らの王国を築くカーツ大佐の物語でもある。その二つが縦糸と横糸の如く織りなす構成を持ち、巨匠コッポラによる神話的かつ叙事詩的映画の手法を取る。  
  ウィラードの旅は続く。小型哨戒艇内でドラッグに酔う若い米兵たち。川沿いの米軍基地の特設ステージではヘリから3人のカウガール姿のプレイメイトが降り立ち、熱狂する米兵たちの前でダンスを披露する。さらにウィラード一行が河を遡上すると、指揮官を失ったその基地では兵士たちだけが前線の基地でベトコンと戦っていた。  
 途中、川で民間人の船と遭遇。一行はその船を停め、積荷を検問するが、若い乗組員が敵のベトコン兵と見間違え船長の男を銃殺する。そして狂気が全員に伝わり、若い米兵らは女も含めたすべての船の乗員を機関銃で掃射してしまう。その後、ウィラードたちの哨戒艇も川岸から敵に攻撃され、何人かの乗組員を失うことに。  
 生き残ったウィラードと二人の部下の若い兵士は再び川を北上する旅を続け、遂にカーツ大佐が支配するジャングル奥地にある彼の王国へと向かうのだった・・・  

ー以下、第3弾へ続く。  

ー写真カットは、米軍基地の特設ステージで熱狂する米兵たちの前でカウボーイハットとカウガール姿でプレイメイトがダンスを披露する本作シーンより。   
 
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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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