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三島由紀夫vs東大全共闘 (2)

2020/6/19  ”名作映画特別編”   
ー1970年11月終わりのある日、中学3年の秋、中学校の教室の掲示板に三島由紀夫自決を伝える生々しい三島の新聞記事の生首の写真が貼り出された。その写真は直ぐに校長の判断で撤去されたが、三島由紀夫のファンでもあった文学少年の15歳の私にとって衝撃的であった。  
 1970年11月25日午前、三島由紀夫は楯の会同志4人と共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室に日本刀を手に乱入し、総監を監禁する。憂国の士三島由紀夫はバルコニーで集結した千人の自衛隊員を前に決起の檄を飛ばすが、彼らの野次と罵声によってその志は受け入れられることはなかった。再び総監室に戻ると、三島は短刀で自決する。三島を介錯した楯の会同志の森田必勝もその場で自決。  
 ノーベル文学賞候補者でもあった三島の自決のニュースは海外でも大きく報道された。以降、三島の死によって新右翼の運動が湧き起こる。     

 本作ストーリーに戻る。東大全共闘随一の論客・芥正彦vs三島由紀夫による一対一の討論。  
 「三島さんは既に敗退してしまった人で」「まだ敗退してないぞ(笑)」「あなたは日本人として限界を超えることが出来なくなるわけですね」「ああ、私はそれでいいんだ。僕はね、日本人として生まれ日本人として死んで、それでいいんだ」  
 最後に全共闘側の青年が登壇し、三島に「我々と共闘してくれますか」と問い掛ける。すると三島はその問いにユーモアと機知で切り返すと、名言を残す。  
 「私は諸君の熱情は信じます。他のものは一切信じないとしてもこれだけは信じるということは分かって頂きたい。その言葉を言霊のように残して私は去って行く」   

 そして一年半後の1970年11月25日、三島由紀夫は自らの言葉を予見し、自身の言霊を成就するかの如く日本刀を手に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室に乱入、バルコニーで最後の演説を終えると、壮絶なる割腹自決を遂げる。三島由紀夫、享年45。合掌    

               (了)   
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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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