長崎原爆の日

「時事テーマ」:2012/8/9 ”2012フリー・ライター・シリーズ ”   
ー長崎は9日、67回目の原爆忌を迎えた。長崎市の平和公園では、「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、約5600人が参列、米国の駐日大使としてジョン・ルース大使が初めて出席した。   
 式典には、過去最多だった昨年の44ヶ国に次ぐ42ヶ国の外国代表が参加。田上富久市長は平和宣言で核廃絶
を訴え、原発に代わる新しいエネルギー政策実現への道筋を示すよう政府に求めた。  
 田上市長は、歴代市長で初めて脱原発を主張し、原発から出る高レベルの放射性廃棄物にも言及。国際社会に解決への取り組みを呼びかけた。また、「(被災地では)放射能の不安におびえる日々が続くことに心を痛めている。長崎市民は寄り添い、応援し続ける」と誓った。    
 野田佳彦首相はあいさつで、「脱原発依存の基本方針の下、中長期的に国民が安心できるエネルギー構成の確立
を目指す」と述べた。   
 原爆が投下された午前11時2分、「長崎の鐘」が鳴らされ、参列者が一斉に黙禱を捧げた。現在、被爆者の平均年齢は77歳を超えた。     

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 ー昭和20年8月9日午前11時2分、長崎市上空、米軍のB-29爆撃機「ボックスカー」から二発目の原子爆 弾「ファットマン」が投下され、高度500メートルで炸裂した。    
  原爆は、長崎の中心地から3キロ離れた浦上の上空で爆発。想像を絶する数千度の熱線、強烈な爆風、未知の
 放射能を浴びせられ、一瞬にして市街地は廃墟と化した。当時の長崎市の人口24万人中、10数万人以上が死 傷した。   
  長崎原爆は、プルトニウム型。広島に投下されたウラン型原爆の1.5倍の威力がある。長崎市は山で囲まれ た地形のため、その破壊力が軽減された。もしこれが平坦な都市であったなら、我々の想像を遙かに超える。 
  この一年間に原爆症で3305人の死亡が確認され、原爆による死者は15万8754人となった。黙禱。合 掌












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Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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