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クンドウン (4)


「時事テーマ」:2013/5/5 ”名作映画シリーズ ”   
ー1989年、ダライ・ラマ14世はノーベル平和賞を受賞する。世界平和とチベット仏教・文化の普及に対する貢献が高く評価された。尚、中華人民共和国は、ダライ・ラマ14世のノーベル賞受賞に黙殺を続け、関連図書やツイッター上でも禁止・規制を行い、本作品は中国国内では上演されなかった。  
 1995年以来、ダライ・ラマ14世は、何度か日本を訪問している。1987年2月、亡命先のインドでダライ・ラマ14世は、オウム真理教の麻原彰晃と会談し、その際撮影した写真が利用されたが、側近の
助言により以後断絶した。  
 2011年4月、東日本大震災の供養のため来日、東京の護国寺で特別慰霊法要を執り行った。合掌  
 本作ストーリーに戻る。1949年、赤い旗を掲げ、国境の川を越え、チベット国内に進軍する中国軍。
ラジオからニュースが流れる。  
 ”人民解放軍は平和裏にチベット開放に着手し、チベットの少数民族の要請に答えたものであり、チベットでは今も独裁君主ダライ・ラマが支配する封建王国ー」  
 ポタラ宮の一室で趣味の時計修理をしながら、側近のノルブと話すクンドウン。  
 「私には経験も地位もない」「私が選ばれたのは、間違いではなかったのか」「いいえ」と答えるノルブ。  
 ある夜、ポタラ宮の廊下で長老の一人が、中国の侵略に備え18歳の即位式を早め、その後身の安全のためラサを離れることを進言する。  
 1950年11月の雪の夜、ポタラ宮殿内の光り輝く黄金大仏の前で15歳になったクンドウンは、厳か
にダライ・ラマ14世の即位儀式を執り行う。同時に法王ダライ・ラマ14世として、中国の侵略に対し西側諸国各国に協力を求め、チベットの近代化に着手する。  
 即位式を終えたある日の夜、馬に乗りポタラ宮殿を去るダライ・ラマ14世。宮殿にとどまるノルブが静かに見送る。   
 「俗なる世界でも、善は常に悪を退けます」  
 一方、首都ラサに続々と入城する中国人民解放軍と軍用トラック。それを見詰めるチベットの民衆のシーンが続く。  
 高僧たちと側近が乗る馬の一団に守られ、インド国境にあるドンカル僧院へ移動するクンドウン。旅の途中、若いラマ僧たちが「行かないで下さい!」と一行に追い縋り、訴える。テントの暗い一室で、ノルブから送られた修理済みの携帯式ランタンを照らし、仏典を読む若きクンドウン。  
 「菩薩は一条の光を見た。3つの存在ー過去と現在と未来をその光の中に視た。菩提樹の下に座し、菩薩は悪に打ち勝った」   
 ヒマラヤ山脈を望むドンカル僧院に到着したクンドウン一行。ラマ僧一同が、恭しく若き法王を礼拝する。するとクンドウン自らが、  
 「もうよい。止めなさい。こういう古い習慣は改めよう」と言いながら、次々と若い僧と握手する。その
夜、僧院の部屋でラジオ・ニュースに聞き入るクンドウン。   
 ”チベットは完全に降伏し、双方の代表が北京で協定に調印し、チベットは中国の一部となった””ダライ・ラマの使者が、彼の名で調印を行いー”  
 思わず、椅子から立ち上がる若きダライ・ラマ14世であった・・・  
ー以下、第5弾に続く。   

   Bye now.See you tomorrow.   

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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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