スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

阪神・淡路大震災追悼の日

2014/1/17  ”本日の出来事”  
ー本日は、19年前の1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災が起きた日である。   
 1月17日のその早朝、神戸市沖の明石海峡地下16キロ・メートルを震源として、マグニチュード7.3の大
地震が発生した。震源に近い神戸市の東灘区、灘区、中央区、兵庫区、長田区、須磨区の被害は甚大で、また近畿圏広域の兵庫県、大阪府、京都府も一部被害を受けた。   
 負傷者は43792名、死者は6434名。その死者の80パーセントは、地震発生により木造家屋が倒壊し、
早朝の就寝中にその下敷きになって圧死した。戦後に発生した地震としては、2011年3月11日に起きた東日本大地震に次ぐ規模となる。  
 あの日から19年目の今日、震災の記憶の風化と被災者の高齢化が進む中、被災地各地では60を超える団体が、犠牲者を追悼する行事を執り行った。黙禱。合掌   
 1995年1月17日早朝の6時前、京都市内のアパートにいた私も、ベッドの中で実体験した。就寝中、いきなりアパート全体が縦方向と横方向に揺れ続けた。多分数秒間であったと思うが、ベッドの中の私には、それがとても長く感じられた。  
 直ぐにどこかで大きな地震が起きたと、直感した。その頃、私はテレビもパソコンも持っておらず、アパートにあるのは、ソニーのラジカセだけだった。当時、私は故紙回収の仕事をしており、朝食を食べ、会社の軽トラで営業所へ向かった。部屋の小型テレビが、慌しく臨時ニュースの映像を流していた。  
 その日、軽トラで京都市内を走り、私は一日仕事をした。夕方事務所に戻ると、またテレビのニュース映像を見た。燃え盛る神戸市街の町並みとビル街、まるで空襲を受けた太平洋戦争末期の都市の風景のようだった。その衝撃的な画像を見て、私はいても立ってもいられなくなった。しかしその当時、私は貧乏で車もバイクも持っておらず、休日に神戸へ取材に行く資金も持ち合わしていなかった。19年後の今になっても、悔やまれる。  
 そしてそれから16年後、さらなる未曾有の大地震と巨大津波が、東北沿岸を襲うことになる。我々は、この阪神大震災と東日本大震災の記憶を風化させてはならず、今後何年、数十年、数世代を費やしてでも復興を果たし、21世紀の日本の再生を成し遂げなければならない、  
 2014年、私はわがペンとデジタル・カメラを手に、今度こそは、神戸市と岩手、宮城、福島の東北3県の復興と再生と希望を見届ける。そして私は書き続け、その復興と希望をインターネットで発信し続ける。合掌









スポンサーサイト

■ Comment

非公開コメント

プロフィール

二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
二階堂 新 賢者は、かく語りき
最新記事
カレンダー
12 | 2017/03 | 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。