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華氏911 (2)


2014/3/5  ”名作映画シリーズ ”   
ーかくして「9・11テロ」直後、9月13日、6機の自家用ジェット機と24機の旅客機に分乗して、ビンラデイン一族は、無事出国を許された。   
 それはなぜか!?マイケル・ムーア監督は、作家、ジャーナリスト、FBIのアルカイダ専門の元捜査関係者らに次々と取材し、その証言をドキュメンタリー映像で示す。そしてさらに在アメリカ駐留サウジアラビア大使が出演したテレビ番組のインタビュー映像を引用する。   
 「ビンラデインとは、たった一度しか会ったことがないのですが」と語る大使のバンダル王子。「1980年代中頃、ビンラデインがムジャヒデンの一員として、旧ソ連と戦っていた頃のことだ」「わがサウジと米国は、当時、共にムジャヒデンを支援した。それで彼は、後に私のところへお礼を言いにやって来た」   
 しかしここで、「実はビンラデイン一族とブッシュ・ファミリーとは、ビジネスの付き合いが長い」とムーアが指摘する。まずは、ブッシュ大統領の州空軍時代の兵役逃れの疑惑。そして同僚だったジェームズ・バスとの癒着を暴く。バスは除隊後、航空会社を設立し、ビンラデイン家の跡取り、サレム・ビンラデインに航空機を売却した。ブッシュはその頃、テキサスでオイル・ビジネスを始め、父のブッシュ・シニアはCIA長官になっていた。 
 ブッシュは次々と石油採掘会社を潰し、その度に融資したのがバスの会社だった。そこには、サウジのオイル・マネーが流れていた。その後、ブッシュは会社を転職し、やっとハーケン社の役員になる。   
 「ハーケン社には、当時大きな旨味があった。つまりそれは、役員のブッシュの父親がアメリカ大統領であったということだ」   
 ホワイトハウスを見下ろすビルのオフィスで、スーツ姿の調査報道の作家が取材に答え、説明する。   
 ここで、サウジの大富豪ビンラデイン一族ー莫大なオイル・マネーと巨大な利権ーテキサスを牛耳るブッシュ・ファミリーと父のブッシュ・シニア大統領の権勢という相関図が浮かび上がる。1992年当時、ビジネスマン時代のブッシュが、インタビューに答えて堂々と言い放つ。   
 「パパのお蔭で、僕のコネは絶大だ。政界でも、それがものを言うってわけさ」   
 その後、1990年、ハーケン社は証券取引委員会の捜査を受け、ブッシュはカーライルの子会社の役員に任命される。   
 「『9・11テロ』後、ビジネスで荒稼ぎした会社を調べていたら、この会社の名が浮上した」ともう一人の調査報道のジャーナリストが証言する。   
 「カーライル社は巨大な多国籍企業で、米政府が深く関わる産業、通信、医療、そして特に軍需産業分野へ投資する」「ブッシュ家は父子共に2代にわたり、カーライル社のために働いてきた。またそこは、ビンラデイン一族が投資する会社だ」   
 オフィスの部屋で、カーライル社のバックについて明かすジャーナリスト。   
 「9月11日の朝、カーライル社は、ワシントンで役員会議を開いていた。出席した顔ぶれは、ジェームズ・ベイカー元国務長官、メイジャー元英国首相、すぐに退席したがブッシュ・シニア元大統領もいた」「オサマ・ビンラデインの兄弟の一人も、一族の株投資でワシントンに来ていた」「そしてビンラデイン自身が、同社の軍需部門に投資していたのだ」   
 つまり米国政府が軍事支出を増せば増やす程、ビンラデイン一族はカーライル社を通じて儲かる仕組み。いくつもの軍需部門を束ねる同社は、政府との受注契約で業界11位。「9・11テロ」後、同社は戦争特需に沸く軍需部門の子会社の株を売却し、1日で2億3700万ドルの売却益を上げた。   
 このブッシュ親子2代にわたるカーライル社との癒着とビンラデイン一族との関係がマスコミに知られるようになると、ブッシュ大統領はその報道を規制した。議会による調査を差し止めようとするが、議会がこれを押し切ると、今度は独立調査委員会のレポートを妨害しようとした。   
 また500人の「9・11テロ」犠牲者の遺族が、サウジ王族相手に裁判の提訴を行った。遺族に訴えられたサウジ王族らが雇った敏腕弁護士こそ、ブッシュ家の懐刀、ベイカー元国務長官であった。   
 マイケル・ムーアによるブッシュ・ファミリーとサウジのオイル・マネーとの癒着追及は続く。ジーンズ、ジャンパー、野球帽の独特のスタイルで、ワシントン市街のある一角に立つムーア。正面にはサウジアラビア大使館がある。  
 「サウジのオイル・マネーが今まで米国に投資した総額は、8600億ドルを下らない。それが米国経済に占める割合は、6~7パーセントに当たる」と隣りでスーツを着た作家が語る。   
 「銀行貯金も1兆ドルあるという。もし彼らがその資金を引き上げたら、米国にとって大打撃となる」とムーアが警告する。   
 「ムーアさん、ここで何を?」するとそこへ、シークレット・サービス、大統領警護官がやって来る。  
 「やあ、こんにちは。今、取材中でね。トラブルを起こす気はないよ」と気さくに応じるムーア。   
 「それでシークレット・サービスがなぜ、サウジ大使館の警護を。何か問題でも?」と透かさず逆質問するムーア監督。「それは言えません」と答えると、二人の大統領警護官は再びサウジ大使館の中へ入って行く。  
 サウジアラビア大使のバンダル王子は、ブッシュ・ファミリーとの繋がりが強く、「バンダル・ブッシュ」の異名を持つ程。「9・11テロ」直後、ブッシュ大統領はバンダル王子をホワイトハウスに招き、夕食会を催している。オサマ・ビンラデインはサウジアラビア人で、サウジアラビア政府は国際テロ組織アルカイダに資金供与し、
「9・11テロ」ハイジャック犯の中、15人がサウジ人だった。  
 そして終に、「9・11テロ」から4週間後、ブッシュ大統領はアフガン攻撃を開始する。その理由とは、「アフガンのタリバン政権が、ビンラデインを匿っているからだ」「奴をいぶり出す!」と西部劇のガンマンよろしく
スタンド・プレーを見せるブッシュ。    
 しかし威勢のいい割りにその対応は、手ぬるく中途半端だった。アフガンに送った兵士は、わずか1万1千人。
米軍特殊部隊によるビンラデイン捜索は、2ヶ月で切り上げられた。   
 「たった2ヶ月!?」とムーアの独白。「その答えはテキサスにある」   
 テキサス州知事時代のブッシュは、テキサスでアフガンのタリバン政府関係者と会っていた。その目的は、カスピ海からアフガン、パキスタンを通り、アラビア海の港へ至る石油パイプラインの建設プロジェクト。石油大手の
ユノカル社がプロジェクトを仕切り、その掘削事業を請け負ったのが、後のチェイニー副大統領率いるハリバートン社だった。2001年9月11日、「9・11テロ」のその半年前、タリバン政府の代表が訪米、米政府高官らと会談した。    
 アフガンで戦争を始めたアメリカは、その後カルザイを新大統領に据える。カルザイとは何者か?彼は、ユノカルの元顧問だった。かくして、タリバンもビンラデインもアフガンから逃げて行った。   
 「ビンラデインはもう重要ではない。どこかの洞窟にでも潜んでいるだろう」「私は”戦時大統領”だ!」と「9・11テロ」から1ヵ月後、テレビ演説で大見得を切るブッシュ大統領。かくして、戦時大統領となったブッシュの次なるターゲットは、アメリカ国民へと移るのだった・・   

ー以下、第3弾へ続く。   

ー写真カットは、イラク戦争開始後、空爆で死亡した幼い少女の遺体を憤りながら、トラックの荷台に積むバグダッド市民の男。













   











   
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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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