天安門事件から25年の中国

2014/6/4  ”時事評論シリーズ ”   
ー本日6月4日は、中国で「天安門事件」が起きた日である。25年前の1989年6月4日、民主化を求めて北京市の天安門広場に集まった学生と市民に対して、中国当局は軍隊を投入し武力でデモ隊を鎮圧した。   
 同年4月15日、中国の民主化に理解を示した胡総書記が死去。その死を悼む学生たちの運動が、やがて10万人のデモに。学生たちは、北京市の天安門広場を占拠した。その後、北京市民も加わり、民主化を求める大規模な抗議デモへと発展した。   
 当時、改革派として改革を進めていた旧ソ連のゴルバチョフ大統領が訪中し、5月17日に帰国後、中国共産党首脳陣は武力による弾圧を決定する。北京市内に威厳令を敷き、終に6月4日未明、中国人民解放軍の戦車まで投入し、中国当局はデモ隊に対し無差別発砲を開始した。   
 この争乱で、数多くの死者が出た。中国当局の発表では死者319人とされるが、実際の犠牲者は2千人から1万人にも上ると言われる。詳しい死者の数は分かっていない。その様子は英国のBBC,米国のCNNによって世界各国に中継され、自国の丸腰の市民と学生に向け武力弾圧を行う中国に対して、世界中から非難が集中した。    

 25年経った現在も、中国では「天安門事件」について厳しい言論統制が続く。中国国内ではインターネットを通じて検索が出来ず、アクセス不可能となる。知らせず・語らず・寄らしめずの検閲と情報統制が依然として行われている。  
 そして1989年11月、ベルリンの壁が崩壊する。続いて12月には、地中海のマルタ島でブッシュ・ゴルバチョフ両大統領による会談で冷戦の終結が宣言された。この年1989年、世界史は大きく変動する。   
 一方、25年前も25年経った21世紀の現在も変わらない中国。それどころか経済的、軍事的に拡大した中国は、近隣の
台湾、ベトナム、そして日本の領土と領海を次々と侵犯する。中国共産党による一党独裁の基盤とその正当性は時に危く脆く、常に外敵と外圧を捜し求める。   
 その歴史始まって以来、最大領土となった習近平政権下の21世紀の中国。そしてそれ故、「天安門事件」こそが最大のタブーであり、また同時に「獅子身中の虫」となる喩えともならん。驕れる赤き中国は久しからず。









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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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