パッチギ! (2)


2014/9/24  ”名作映画シリーズ ”   
ー井筒和幸、1952年、奈良県生まれ。高校時代から8ミリ、16ミリ映画の製作を行い、1975年、ピンク映画を初監督する。1981年、初の一般映画「ガキ帝国」がヒット、日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以後、ピンク映画から遠ざかる。 
 尚、本作「パッチギ!」は作品中、朝鮮総連=北朝鮮系の視点が重要視され、韓国側の視点が偏っているとの批判がある。他方、1960年代当時の学生運動、冷戦下の南北朝鮮の問題、グループ・サウンド・ブームなど当時の世相が随所に盛り込まれ、また音楽監督の加藤和彦によるテーマ曲「イムジン河」と主題歌もあり、映画はヒットした。本作品は、第79回キネマ旬報ベストテン1位を始め、数々の映画賞を受賞した。  
 本作ストーリーに戻る。一方、楽器店で友人の吉田とギターを物色する康介、店主からフォーク・ギターを勧められる。その店の片隅で、ギターを片手に「イムジン河」を歌う坂崎(オダギリジョー)と意気投合する。    
 早速、康介と吉田の二人は、坂崎に付いて彼の坂崎酒店へ。そこで自主制作盤LPレコードの「イムジン河」を聴く康介。坂崎酒店の若旦那、坂崎からイムジン河の由来と朝鮮半島の歴史について知らされる若い二人。立ち飲み一杯飲み屋も兼ねる坂崎酒店、その常連の市井の酔客の口をして言わしめる、南北に引き裂かれた朝鮮半島の人々の哀しみと朝鮮戦争当時、米・旧ソ連を風刺する井筒監督の井筒史観が冴え渡る。   
 ある日、モトキ、アンソン、チェドキの3人は、モトキ商店のトラックに乗り込み、営業へ。行き先は、京大西部講堂前で開催中の学生集会。赤ヘルメットのリーダー格の学生に、言葉巧みにビール瓶、ヘルメット、鉄パイプまで売り付ける程商魂逞しいモトキ。   
 そして、いよいよ東高校と朝鮮高校の親善サッカー試合の当日。康介と空手部員らのチームと国体レベルの選手が揃う強豪の相手チーム。   
 「ピイーーーッ!」と審判の笛の合図で試合開始。開始早々、あっという間に、朝鮮高校が先制の1点。すると空手部員の選手が相手選手をキック攻撃。そこへ番長のアンソンが乱入し、グラウンドでは乱闘が始まる。アンソン得意のパッチギ=頭突きが、空手部員の選手に炸裂する。   
 その数日後、四条の繁華街を歩くアンソン、モトキ、チェドキに空手部主将の大西ら数人の空手部員が襲い掛かり、3人に
サッカー試合の仕返しをする。   
 一方、康介はハングル語を独習し、お寺の境内で坂崎にギターの手解きを受け、練習に励む。そんなある日、康介は勇気を出して公衆電話から電話を掛けて、キョンジャをフォーク・コンサートに誘う。   
 「松山です。あの~、ザ・フォーク・クルセイダーズのコンサート、行きませんか?」  
 「うち、行けへん」と電話口で答えるキョンジャ。「その日、円山公園でコンサートやってるから」「行っていいですか。絶対行きます!」と康介。   
 円山公園の一角にゴザを敷き、色とりどりの民族衣装のチマチョゴリを着て、歌い踊り飲み食べる朝鮮一族の集団。キョンジャも白と黒のチマチョゴリを着てフルートを奏でる。アンソンが立ち上がり、神妙な表情でハングル語で親戚一同に挨拶する。
 「本日は僕のためにお集まり下さり、ありがとうございます」「祖国に帰ったら、国のため頑張ります」「母と妹のことよろしくお願いします」「パチパチパチ~!」   
 一同は、焼肉を食べマッコリを飲み語り合う。そこへギター・ケースを下げた康介がやって来る。身構えるチェドキと兄のアンソン。それを執り成すキョンジャ。   
 「ほんまに来たん」「コンサートがあるって聞きましたので」と康介が言う。そこでキョンジャの家族と親戚にも受け入れられた康介は、一族の前でキョンジャと一緒に「イムジン河」をハングル語で歌い始めるのであった。  

ー以下、第3弾へ続く。   

ー写真カットは、円山公園で宴会をするアンソンら一族の前で、キョンジャと共に「イムジン河」を歌う康介。

























   
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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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