長崎原爆 70周年

2015/8/12  ”時事評論シリーズ ”
ー長崎は9日、70回目の原爆忌を迎えた。長崎市の平和公園では平和祈念式典が開かれ、田上富久長崎市長が平和宣言で、被爆や戦争の記憶を次の世代へ継承するよう呼びかけた。   
 原爆投下から70周年となった式典には、過去最多の76ヶ国の代表と6800人の参列者が参加。米国からは昨年に続き、キャロライン・ケネディ駐日大使が参列した。  
 原爆投下時刻の午前11時2分、参列者は一斉に犠牲者に黙祷を捧げた。7月31日までの過去1年間で、被爆症で3373人が亡くなった。現在、原爆死没者名簿に記された死者は16万8767人に上る。また長崎原爆から70周年の現在、被爆者の平均年齢は80歳を超える。   
 式典に参加した安倍晋三首相は、6日の広島市の式典では言及しなかった非核三原則の堅持について述べ、核兵器のない世界の実現に向け核軍縮への取り組みの強調を表明した。これに対して田上長崎市長は、安保関連法案について不安と懸念が国民の間に広がっているとして、政府と国会に慎重な審議を求めた。   

       *       *       *  

 1945年8月9日午前11時2分、3日前の広島市に続き2度目の原爆「ファットマン」が長崎市に投下された。広島に投下されたウラン型原爆と異なり、長崎に投下されたプルトニウム原爆は1.5倍の破壊力を持つ。長崎市は周囲が山で囲まれた地形のため、熱線や爆風が山々によって遮断され、広島に比べ被害は軽減されたといわれる。   
 米軍爆撃機B‐29から投下された「ファットマン」は、長崎市浦上地区上空500メートルで炸裂。同地区を壊滅させた。折りしも爆心地の浦上教会では原爆投下時、告解の儀式を行っていたが、司祭と数十名の信者らは爆発と熱線のため全員が即死した。原爆投下直後の当日、7万人が死亡した。   
 因みに、広島と長崎の原爆死没者(2015年夏現在)を合わせると、46万1092人に上る。アメリカ政府は1945年以降から現在に至るまでヒロシマ、ナガサキに謝罪することもなく、戦争終結のために必要であったと正当性を主張し続ける。つまりアウシュビッツとヒロシマ、ナガサキは奇しくも非欧米という点において同一線上にあり、広島と長崎への原爆投下は、世界を破滅させる核兵器の使用を寸前で踏み留まらせる人類最後のスケープゴートとなり得るか!?   
 広島、長崎への原爆投下前後、日本の終戦は急展開する。1945年2月、硫黄島が米軍の手に陥ち、同年4月、米軍が沖縄に上陸する。7月、トルーマン・チャーチル・スターリン3巨頭によるポツダム会談、8月6日、広島への原爆投下。8月10日と14日、二度にわたる御前会議で昭和天皇によるご聖断をもってポツダム宣言の受諾を決定。そして8月15日正午、天皇による玉音放送があり、かくして日本は終戦の日を迎える。














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Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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