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気象予報士と歩く京都ツアー


2015/9/8  ”京都シーン行”   
ー季節は夏から秋へ移り、いよいよ行楽の秋、観光シーズンの到来となりました。本日は、「まいまい京都ミニツアー」に参加した体験レポートを以下、皆さんにお届けします。   
 9月6日(日)午前9:30より、「まいまい京都ミニツアー」”気象予報士と歩く京都の災害史”ツアー(ガイド:吉村晋弥さん)が開催されました。京阪「七条駅」に集合後、雨の降る中、傘を手にした参加者16名とスタッフ2名、ガイドの吉村さんの総勢19名が、「桶狭間の戦い」で驟雨の中若き織田信長に付き従った家臣団のごとく(笑)、京都を襲った地震・洪水・台風・雷・大火後の観光名所を行く。 
 まず最初に、鴨川に架かる七条橋へ。大正2年(1913)に架橋され、鴨川の橋の中では現存最古。昭和10年(1935)の鴨川大水害でも橋は流されなかったが、当時の京都市の3割が浸水し、鴨川に架かる57の橋が流失した。以後、この水害を契機に鴨川の河川改修工事が始まり、現在の川底が掘り下げられた鴨川の景観が生まれた。   
 続いて、雨の中を歩きながら三十三間堂へ。京都在住35年以上、三十三間堂を訪れるのは、小学校の修学旅行以来か(笑)正式名は、蓮華王院本堂。長寛2年(1165)、後白河上皇が平清盛に建立を命じて完成させた。後に火災で焼失、本堂のみが再建。千体もの千手観音像を安置するお堂として有名。   
 また「三十三間堂」は京都を襲った数々の地震にも耐え続け、「版築(はんちく)技法」「二重虹梁(こうりょう)」「羽目板(はめいた)」といった”揺れ動く”建築として、先人の知恵でもある耐震工法が施されている。さらに江戸時代、各藩の弓術家による本堂西軒下の
121メーターで矢を射る「通し矢」の舞台となったことでも有名。現在、毎年1月中旬、本堂西側の60メーターの特設射場で新成人となった参加者が振袖袴姿で弓を引く「三十三間堂大的全国大会」の行事に受け継がれる。  
 再び小雨の中、一行は京都国立博物館を横目で見ながら、唐門前に千成瓢箪の絵馬がズラリと並ぶ豊国神社へと向かう。豊臣秀吉(1537年~1598年)を祀る神社。豊臣家滅亡と共に徳川家康の命により廃されたが、明治以後再興された。本来、本殿は東山の阿弥陀ヶ峰山頂にあり、江戸時代を通じ荒れ果てたままであったが、明治天皇により再興が布告される。明治6年(1873)、東山山頂から現在のこの地に移され、別格官弊社として列格した。   
 その朽ちるがままの江戸時代、寛文2年(1662)、大地震の際、豊国神社周辺では少しも揺れなかったとのデマが飛び交い、人々が神社に殺到。境内の草木をお守りとして持ち帰ったと言われる。   
 そして次は方広寺へ。文禄4年(1595)の完成当時、その敷地は広大で現在の豊国神社、京都国立博物館、三十三間堂まで含む広さであったとされる。慶長19年(1614)、方広寺の梵鐘が完成するが、その銘文が家康と徳川家を冒涜するものとして言い掛りをつけられ、家康による大坂冬の陣と夏の陣で豊臣家滅亡を招いた鐘として有名である。現在も重量8トンあると言われる梵鐘がロープとワイヤーで吊り下げられ、鐘の左上に白いチョークで「国家安泰」「君臣豊楽」の文字が見える。  
 もう一つ有名なのが、大仏殿跡。派手好き、日本一好きの「天下人」秀吉が生前から東大寺大仏を凌ぐ大仏の建造を発願。文禄4年(1595)に完成するが、その後大仏は地震、秀吉の死去、火災による焼失、大地震などによる度重なる不運に見舞われる。その間、秀吉の嫡男・秀頼は大坂の役で敗死、豊臣家はここに滅亡・断絶する。   
 さらに近年では、昭和48年(1973)、再建された半身大仏までが火災で焼失してしまった。現在は、方広寺の境内の外れにひっそりと大仏殿跡の案内板と草茫々の跡地が残るのみ。   
 最後に、東山五条の大谷本廟参道脇にある、昭和9年(1934)に京都を襲った室戸台風被害の記念碑を全員で見学する。正午、ツアーは終了。その後、すぐ近くのカフェ・レストランで有志一同10名が集まり、食事会となる。軽食とコーヒーを飲みながら、同ツアーのスタッフ、ガイドの吉村さんを交え、ここでしか聞けない貴重な裏話を拝聴する。「えっ、何々?」「それでどんな話だって?」同ツアーのあるガイドがあのタモリを案内して、テレビでも放送された時のエピソード・・続きは、ツアーに参加して聞いてや~(笑) 
 フリーライター兼企画主催者でもある二階堂、いずれ今度は私が、ミニ・ツアーを企画・主催する側へ。全国の皆さま、乞うご期待!   
 ツアーの詳細は以下、「まいまい京都ミニツアー」:http://www.maimai-kyoto.jp   

ー写真カットは、雨の中傘を差してツアー客16名を前に、大仏殿跡の名解説をするガイドの吉村さん。9月6日午前撮影。
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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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