二階堂 新、益城町を歩く!


2016/7/2  ”2016熊本取材行”  
ー熊本取材2日目の6月18日、今回の取材の一番の目的であった益城町へと向かう。インターネットを駆使してやっと確保した熊本市内の宿を出て、まず熊本駅へ。駅前から一部運行している私鉄バスに乗り、益城町の古閑入口で降りる。そこから一時間毎に運行している無料シャトルバスに乗り込み、木山上町へ。道路沿いには、死者20人と最も多くの犠牲者と地震被害を受けた益城町の全壊した家屋が続く。シャトルバスの窓越しにコンパクト・デジカメでそのシーンを撮り続ける。  
 10分程で木山上町のバス停に到着。12人乗りのシャトルバスを降り、ここから歩いて益城町総合運動公園へ行く。その一車線の道路沿いの両側には、まるで空襲でも受けたかのような全壊、半壊した木造家屋の瓦礫が延々と続いている。ふと全壊した民家の手前で足を止める。瓦礫と化した家屋のその一隅には花と縫いぐるみが備えられていた。合掌  
 歩くにつれ、二度も震度7の激震に襲われた益城町の惨状が眼前に広がる。足元の舗道のアスファルトは、今も不気味に罅割れ、寺迫交差点の周囲の民家では特に被害情況が著しい。用水路沿いに盛り土した一帯に建てられた住宅は、脆くも家ごと崩壊していた。    
 やがて益城町総合運動公園が見えて来る。小さな橋があり、その下を秋津川が流れる。川底は低く、川幅はせいぜい1、2メートルか。私が見た限り、仮にこの小川とも言うべき秋津川が増水・氾濫したとしても、周囲一帯に水害の被害を及ぼすとは考え難い。正午前、やっと総合運動公園の入口に到着する。入口付近には白いテントが立ち、学生ボランティアらによる炊き出しが行われていた。老若男女の避難者の方がその前で列を作る。  
 早速、靴を脱いで総合受付案内へ。旧テント村があった同公園陸上競技場へ行きたいと申し出ると、このまま建物内を直進すればよいとのこと。再びスニーカーを手に持ち、学生、ボランティア、避難者の男女、子供たちの間を摺り抜け、グラウンドへ向かう。正午過ぎ、終に陸上競技場グラウンドへ到着。またスニーカーを履き、実際にグラウンドへ降りてみる。5月末で撤去され廃村になった旧益城町テント村の跡地には何もなく、誰もいない。400メーター・トラックのグラウンドを自らの足で歩いてみる。  
 初夏の正午過ぎ、グラウンド中には心地好い微風が吹いており、青空に白い雲が漂う。しかし足元を見ると、トラックの白いレーンを横切り、細い罅割れが所々に走る。グラウンドのトラックを一周歩いて回り、また元の場所へ。ここまで来た記念に持参したiPadで動画を撮る。撮影後、鮮明動画をチェックしていると、遠方にあるグラウンド内の白いポールに掲げられた鯉幟が風に棚引き、元気に泳ぐ姿が確認出来た。かつてテント村で暮した子供たちへの野口健村長の何らかのメッセージなのか。  
 その後、また靴を脱いで、建物内を通り抜ける。ただし建物内は写真撮影禁止。途中、避難者向けに「エコノミークラス症候群」の検査を行うコーナーがある。検査中のボランティアの検査員の方に話を伺う。地震発生直後から避難者、特に高齢者、車中泊の避難者に「エコノミークラス症候群」の症状が現れ、死者も出た。そのため医師と医療チームによるボランティア活動を展開。血液中のある成分を調べることで、事前に予防することが可能とのこと。  
 この際、折角の機会なので、避難者の方々の簡易宿泊所を兼ねる同体育館内部をそっと見学させて頂くことに。土曜日の午後、ボランティアの学生たち、医師、他府県から応援で派遣された各職員が立ち働く通路を通り抜け、体育館入口へ。入口のドアを静かに押して中に入る。館内は白いカーテンで仕切られ、番号順に整然と一定のスペースが確保されている。冷房が完備され、入口前には真新しい青畳が積み上げられている。Dバッグからメモ帳を取り出し、取材開始。  
 「健康のため食事は腹八分目に」の張り紙が目に留まる。すでに仮設住宅の入居が決まったのか、ある一角では白いカーテンが揚げてあり、無人のスペースも。一方、一人暮しの老人が浴衣姿でラジカセの音量を小さく絞り音楽を聴きながら、仮眠するその姿がカーテン越しに垣間見える。またどこかで赤ん坊が泣く声が微かに聞こえる。入口の前では、パイプ椅子に腰掛け、初老の女性、中年女性ら3、4人が地元の熊本弁で逆境にも負けず明るい声で談笑中。  
 体育館の入口を出て、ふたたび通路へ。そこでは、ボランティアのスタッフ、学生たち、背中にゼッケンアを付けた他府県の職員が各所でボランティア活動中だった。また本日は土曜日で学校が休みのせいか、小学生の子供たちの明るい笑い声が通路や階段から響いて来る。  
 最後に、総合案内受付で取材の件で交渉するが、現在多忙でもあり担当者も不在のためやんわりと断わられる。かくして午後2時40分頃、地震発生から2ヶ月余りを経過した旧テント村があった益城町総合運動公園を辞す。  
 以下、熊本取材行シリーズ第5弾へ続く。   

<追記>   
 私が熊本取材中の6月18日夜と19日早朝、熊本市内で2度地震と余震があった。また帰京後の23日以降も大雨と集中豪雨による土砂災害が熊本県下で発生した。地震発生から2ヶ月以上が経過した現在も、熊本では地震、余震、自然災害との戦いが続いている。   

ー写真カットは、1階部分が崩れ落ちた家と全壊した民家、屋根の瓦が崩落した家々。益城町木山上町にて6月18日午後撮影。

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Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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