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レデイ・ガガ「ポップ・アイドル論」 (8)

「アイドル・ポップ論」”レデイ・ガガ編”第2弾    
  ~そして、ステファニーは、レデイ・ガガになる    

 本名は、ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ。1986年3月28日、ニューヨーク生まれ。母親のすすめで4歳でピアノを始め、音楽の才能に目覚める。   
 13歳ですでに、バラードの作曲を始めている。ある日、ブリットニー・スピアーズのコンサートに出かけたス
テファニーは、ファンの少女たちがステージに向かって絶叫している姿に感動。彼女は決意した。「ポップ・ミュ
ージックで人々を熱狂させたい」また、世界的に有名なボイス・トレーナー、ドン・ローレンスと知り合い、彼からアドバイスを受け、曲作りを始めた。   
 同じく13歳の時、マンハッタンのカトリック系私立女子校、聖心女子学院に入学する。彼女の両親は、身ひとつでアメリカにやって来た。父親は必死で働き起業し、ゼロから財を築き上げた。両親は彼女に言った。「自分で
稼げるようになりなさい」    
 ステファニーにとって、カトリックのお嬢さま女子校は、息苦しくなじめなかった。イジメにもあった。同級生
との付き合いも嫌になり、勉強ばかりしていたという。それでも彼女は、目立ちたがり屋で歌が好きだった。やがてステファニーは、高校を卒業して大学に入って気づいた。「今までの私は、本当の私ではなかった」彼女は自分
本来の姿を捜し求め、そして自分らしさを発見する。   
 「自由奔放に歌い踊り、奇抜なファッションでますます個性的になり、私は自分で自分が好きになったわ」 
 ドキュメンタリー映像の手法として、これまでステファニーの少女時代の記録と現在トップ・アーテイストになった、レデイ・ガガの取材シーンをオーバー・ラップさせる方法を取る。  
 2008年「ポーカー・フェイス」でデビュー後、イメージ戦略を打ち立て、その斬新なファッションで人々に
強烈な印象を与えた。その結果、聴衆はガガのアルバム、CDを買い求め、インターネット上でさらに売り上げが
急増した。   
 そんなステファニーが、両親を悲しませることになる。彼女は、ストリップ・クラブでゴーゴー・ダンサーを始めた・・・   
ー以下、第3弾に続きます。    

  Bye now.See you tomorrow.   

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二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

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