「小出恵介ハニトラ事件」その後を追う


2017/6/21  ”芸能評論”   
ー6/9付発売の「フライデー」によって報じられた「小出恵介ハニトラ事件」。6月中旬以降、ネット上では次々と新事実が明らかに!?この母娘、やはりとんでもない玉だった!?  
 少女Aの本名は「江原穂紀」こと、韓穂紀。施設に預けた一歳の娘を持つ離婚歴ありのシングルマザー。父親はヤクザ。母親の安部優奈(37)も曰く付きの人物。過激な自らのコスプレ姿をSNSで投稿。ネット上では若い頃にヤクザの愛人歴があり、出会い系サイトで売春疑惑も発覚。  
 母娘共に韓国人で、生活保護不正受給の疑惑がある。さらに事件の背後に美人局の黒幕として、「セラミック松村」こと松村健司(51)の存在がある。歯を真っ白なセラミックで加工しており、身長は150センチ足らずのチビ。闇金融事件で逮捕歴のある前科者で、大阪ミナミの店で若い女性たちを侍らせよくパーティを開くことでも有名。  
 少女Aこと、江原穂紀が持ち込んだ「フライデー」の記事は全く裏取り取材もせず、相手側の一方的な証言によるガセネタだった!?「フライデー」が報じた未成年少女との「淫行事件」により、所属事務所「アミューズ」は、小出恵介の無期限芸能活動停止を発表。これにより、小出のテレビ主演ドラマ、連続ドラマが次々と放送中止と降板になり、CM契約も解消。その損害金額は、一説に10億円以上とも言われる。  
 今回の事件で一番のポイントは、少女Aが本当に「未成年」であったかどうかという点。彼女が18歳ならば、大阪府青少年健全育成条例で「淫行」に該当しない。さらに驚愕する事実として、本名の「はん ほのり」名でかつてブログで18歳になる直前、車を運転していた事実を公表している。その記事では、1999年11月8日生まれと明記。現在18歳。つまり小出恵介と「淫行事件」があったとされる5月8日、江原穂紀は18歳だった!?  
 「フライデー」に謝礼20万円で「淫行事件」ネタを売った江原穂紀。被害者を装った江原本人、母親の安部優奈、そして黒幕とされるセラミック松村がグルで美人局を持ち掛け、小出に金銭を要求した脅迫罪が成立し、彼らは逮捕の可能性がある。6/10、小出恵介は被害者の少女Aと示談が成立したと、6/15付けで所属事務所が発表した。一方、大阪府警は「フライデー」発売後から、本件を刑事事件として捜査を開始している。  

 世間を賑わせる「小出恵介ハニトラ事件」。今後、警察の捜査次第では、所属事務所「アミューズ」と小出恵介による反撃が開始されるか!?    

<参照データ>   
 ☆「週刊文春」(6月22日号)特集:「小出恵介を抹殺した『17歳少女』の告白」  

ー写真カットは、「えはら ほのり」名のツイッターに投稿された小出恵介とのオリジナルのツーショット写真。2ちゃんねるに流出した画像から転載。   

小出恵介ハニトラ事件


2017/6/14  ”芸能評論”  
ー先週6/9(金)発売の写真週刊誌「フライデー」(6月23日号)が、人気俳優の小出恵介(33)が5月9日深夜(最新情報によると、LINEを受け取った少女の元カレの証言では、前日8日の深夜)、大阪ミナミの店で17歳の女子高生、A子と飲酒しその後、ホテルで事に及んだとされる淫行事件を報じた。「フライデー」の記事により未成年との淫行が暴露され、所属事務所が知るに至り、小出は無期限芸能活動停止となった。  
 レ●プ野郎の小出を擁護する気は毛頭ないが、相手の少女A子も只者ではなかった!?まず彼女は、現役の女子高生に非ず。高校中退で中卒、養護施設に預けている一歳の娘を持つバツイチのシングルマザーにして、整形美人のキャバクラ嬢といわれる。「えはらほのり」名で鍵付きのツイッター@8-k1lpを持ち、SNSで当日夜の小出とのツーショット写真を自慢気に公開している。本名は江原穂紀こと韓穂紀。キャバクラ嬢として働きながら、生活保護不正受給の疑いもあり。  
 また母親の安部優奈(37)も曲者。コスプレ好きで、自らの過激な姿をSNSでアップする。この母親にも生保不正受給の噂あり。さらに事件の背後に黒幕の存在がある。その黒幕とは、「セラミック松村」なる人物。歯を真っ白なセラミックで加工しており、当日の夜大阪ミナミの店に同席した男女8人のうちの一人。本名は松村健司(51)。過去に金融詐欺事件を起こし、逮捕歴もある。  
 その美人局の手口とは、店で酒に酔った小出に複数の女性の中から江原穂紀を選ばせ、後は二人がホテルへ。事に及んだ後、黒幕のセラミック松村が登場する。小出に500万円を要求。小出は所属事務所にも知らせず、直接交渉し200万円を支払おうとしたが、事務所が直前にこれを知り、小出に支払いを断念させた。その後、江原と松村はこのネタを「フライデー」に売り込む。  

 「フライデー」で女子高生A子が語った証言内容とは異なる「小出恵介ハニートラップ事件」の真実!?著名ジャーナリスト、山口敬之氏を二年前の「レイプ事件」で訴えた自称フリージャーナリスト詩織こと、ユン詩織の事件に次ぐ今回の「小出恵介ハニトラ事件」。
 ヨ~シ、かくなる上は今月はいろいろと出費が嵩んだから(笑)、来月早々にも態勢と準備を整え、わがペンとカメラで大阪シーン取材を敢行するぞ~!  

<参照データ>  
 ☆「フライデー」(6月23日号)「小出恵介『17歳女子高生と飲酒&SEX』」    

ー写真カットは、「えはらほのり」名のツイッターに投稿された小出恵介とのオリジナルのツーショット写真。2ちゃんねるに流出した画像から転載。   



ハニトラ女、かく語りき


2017/6/11  ”時事評論”  
ー5月29日、フリージャーナリスト、詩織(28)さんが著名ジャーナリストの山口敬之(51)氏に性的暴行を受けたとして、弁護士を伴い東京検察会に審査の申し立てを行い、再捜査を求めた。  
 同日夕、詩織さんは霞ヶ関の司法記者クラブで取材陣を前に45分間の記者会見を行った。詩織さんは2015年4月に一時帰国した山口氏と飲食を共にし、その後都内のホテルに連れ込まれ、性的暴行被害に遭ったと主張。しかし2年以上も前のこの事件は、2015年6月に所轄の高輪署で「準強姦罪事件」として一時受理されたが、その後2016年7月、不起訴処分となっている。なぜ今頃になって「レイプ事件」として蒸し返すのか!?一方、山口氏の言い分によると、詩織さんの方からベッドに入って来て誘ったと言う。 また詩織さんが主張する「『レイプ事件』の揉み消しがあった」のではなく、当時TBS社員だった山口氏を女性側の一方的な証言と嫌疑不十分で訴え、もし裁判で敗訴になった場合、警察の一大汚点に発展するとの警視庁トップによる政治的判断があったとする説もあり。  
 さらに、「レイプ事件」の記者会見でなぜ、わざわざ「今『共謀罪』よりも『強姦罪』改正の国会審議が重要であると私は考えます」と主張するのか!?強姦事件の被害女性が素顔と実名を公開して訴えるその勇気は一応評価するが、なぜ自ら苗字を公表しないのか!?準強姦事件の被害者の女性がなぜ、記者会見の席で胸元の開いたブラウスを着て、これ見よがしに自らの被害を訴えるのか!?   
 因みに、詩織さんはShiori.I名でツイッターがあり、私はチェックしてみたが、ジャーナリストとしての実態も実績もなきに等しい。また5/30まで有田芳生@aritayoshifuの彼女を支持するツイートをリツイートしていたが、炎上したため削除してしまったのか、6/1現在チェックした時点でそのツイートはなかった。本日6/11、再度Shiori.Iで検索したが、最早そのサイトは発見出来なかった!? 

 つまり今回の「レイプ事件」告発騒ぎの真相とは、ハニートラップ朝鮮顔女工作員による「テロ等準備罪」の妨害であり、背後で安倍政権倒閣を企む政治工作そのものではないのか!?因みに検察審査会に不服申し立てを行っても、様々な条件とハードルがあり、強制起訴となるケースは僅か1パーセント。  
 遡ってみると、今春の森友学園問題、加計学園問題、前川喜平前文科相事務次官による歌舞伎町出会い系バー通い、そして今回の「レイプ事件」といい、なぜかくも次々と事件とスキャンダルが続出するのか!?  
 その背後で息を潜める者共と巨悪を今後も私はwatchする!  

<参照データ>  
 ☆「週刊新潮」2017年5月18日号「被害女性が告発!『警視庁刑事部長』が握り潰した『安倍総理』ベッタリ記者の『準強姦逮捕状』  
 ☆「週刊新潮』2017年6月8日号「検察審査会が動き出す『安倍総理』ベッタリ記者の『準強姦』」  

ー写真カットは、司法記者クラブで弁護士を伴い、記者会見する詩織こと、ユン詩織。You Tube5/30付ニュース動画から転載。 





 
 

   

エモーション レースクィーン撮影会


2017/6/5  ”撮影会レポート”   
ー今日は、フリーカメラマンの二階堂 新です。新緑の季節となり、絶好の撮影シーズンと相成りましたが、全国の皆さん、元気に写真していますか~!本日は、6/4(日)に行われたエモーション撮影会に参加した撮影レポートを以下、お届けします。  
 当日朝、シャワーを浴び身を清め、京都から大阪へ向かう。京阪電車から地下鉄に乗り換え、堺筋線「長堀端駅」で下車。歩いて会場のエモスタ大阪を目指すが、途中で道に迷う。配達中の宅急便のお兄さんに道を聞き、やっと黒いビルを発見。エレベーターのない狭い急な階段を6階まで登る。  
 午後1時前、エモーションのエモスタ大阪に到着。開始時刻にはしばらく時間があったので、ビル屋上の小スペースで暫し休憩。30分後、再びスタジオへ。ブルース・リーのあの黄色いジャージを着た男性スタッフの方に挨拶し、参加料の8千円を支払い、ワクワク・ドキドキしながらスタンバイ。午後1時40分、エモーション撮影会2部がスタート!本日のモデルは愛聖りさ、原紀舟、南梓の3人のレースクィーン。参加者は私を含めて6名。  
 最初に参加者を前に、バックスクリーンを背に私服姿の3人がご挨拶。その後、スタジオ内の3ヶ所のセットで各自40秒の持ち時間で撮影を続ける。途中、同時進行で一人のモデルが、テーブル席で参加者とミニ・サイン会を開く。早速、トップバッターの愛聖りささんとサイン会。京の和菓子、お食べを土産兼差し入れでプレゼント。因みに彼女、岡山県岡山市のご出身。二階堂も同じ岡山の倉敷市の出身。「ぼっけえのう、おえりゃあせんが~」と話が弾む。   

 今回の撮影会、一番のお目当ては、人気レースクィーンの愛聖(あいせ)りさ。偶然You Tubeの動画で見て閃いたが、スタジオ内でライヴで魅た愛聖りさはもっと良かった。エモーション撮影会は、今回が始めて。モデル3人も初対面だったため、最初はスタジオ内の移動と流れに少し戸惑う。しかし直ぐに慣れ、撮影のコツとタイミングを摑むフリーカメラマン、二階堂 新(笑)  
 スタジオ内の赤いソファーの上に横たわり、シックな黒のミニ・ドレス姿でポーズして魅せる愛聖りさ。昨今のデジタル全盛時代に逆行し、オーソドックス・スタイルのフリーカメラマン、二階堂、敢えて愛機のフィルム・カメラのニコンF80で「バッシャ!バッシャ!」と激写する。同時に腰のベルトのホルダーからコンパクト・デジカメを取り出し、モデルの表情と動きを確かめながらデジタルでも撮影を進める。  
 撮影の流れとしては、スタジオ内の3ヶ所のセットとコーナーで3人のモデルが交互にポーズする。撮影者は40秒の制限時間内で3ヶ所を巡回移動する。原紀舟は、しっとりとした印象の大人のいい女。女優顔の美人でタレント、新人女優も兼ねるレースクィーン。南梓はRIZINのリングでラウンド・ガールも務める格闘技系女子で、グラビアモデルとしても活動するレースクィーン。いや~、3人共いい娘だナ(笑)  
 続いて後半戦は3人のモデルが水着に着替えて、大人の女の魅力で迫り魅せる。「えっ、何々!?」「その水着の画像が見たい」って。う~ん、残念だけどサ、所属プロダクションと肖像権の問題もあって、水着のカットは掲載NGっス(笑)どうしてもと言う方は、直接モデルに掲載許可をもらうか、一度エモーション撮影会にご参加を。ということで、ここでエモーションの宣伝もしておきました、スタッフのHさん(笑)  
 「ジリリリーーッ!」ベルの合図で90分間に及んだ楽しい「小2撮影会」が終了。3人のレースクィーン、愛聖りささん、原紀舟さん、南梓さん、お疲れさまでした!最後に3人に拍手。「パチパチパチ~」  
 かくして3部の撮影会がこの後も続くが、午後3時過ぎ、エモスタ大阪のスタジオを辞す。りさちゃん、紀舟ちゃん、梓ちゃん、また京都からカメラを手に撮影会に来るよ~!    

<情報データ>   
 ☆エモーション撮影会@emotion-c
   尚、エモーション撮影会では毎月、毎週、撮影会を開催中。詳細はHP:emotion-c.comにて。  
 ☆愛聖りさのツイッター @lisakns  
 ☆原 紀舟のツイッター @hara-kifune  
 ☆南 梓のツイッター @azusaa-m
   
ー写真カットは、憧れのレースクィーン、愛聖りさ嬢から手帳にサインを頂き、ハイ、ポーズ!独身中年フリーライター、二階堂、家宝にします。6/4(日)午後、エモーション撮影会にて撮影。    



西陣の京町家を歩く


2017/5/10  ”京都シーン行”  
ー大型連休も終わり、行楽には絶好の新緑の季節となりました。本日は、先週末に参加した[まいまい京都ミニツアー]「古武邸当主と京町家を探検しよう!」の体験レポートを以下、お届けします。  

 5月6日(土)午後1時半頃、集合場所の西陣の京都市考古資料館前に愛車のマウンテンバイクで到着する。同館入口前には、既に「まいまい京都」の女性スタッフの方が待機中。参加費の2、500円を払い、挨拶する。その後、続々とツアー参加者が集まり、男女合わせて総勢16名に。参加者一同は午後2時、直ぐ近くにある京町家の古武邸へと歩いて向かう。  
 いかにも京町家の風情を醸す古武邸に到着すると、和室の部屋の座蒲団に座り、参加者全員で古武博司さんによる京都の歴史と西陣の京町家史についてお話を拝聴する。西陣に住み続ける古武氏の豊富な知識と経験、手作りの年表、地図、町家の模型を使いながらの名講義に思わず目から鱗!  
 講義が終わると、古武氏自ら説明しながら、参加者一同で京町家の邸内を見学する。前日はこどもの日だったので、部屋の隅には鎧兜、行燈、和蠟燭などの調度品が飾られる。また邸内には町家独特の坪庭があり、以前は西陣の織屋であった古武邸、来客用の応接室も備わる。京名物、「ぶぶ茶漬け」(笑)の由来と京都人の社交術についての説明もあり。  
 1時間後、古武邸を後にして一行は、西陣界隈の京町家を歩くツアーへ!まず最初に、西陣山名町の一角に立つ「山名宗全邸宅跡」を示す白い案内板の説明から始まる。応仁の乱(応仁元年、1467年)前夜、ここ西軍の本拠地山名宗全邸で密議が開かれた。堀川を境にして東軍と西軍が対峙、以後11年に及ぶ京の内乱へと発展する。  
 応仁の乱で京の市街地と西陣一帯は荒廃した。公家屋敷と公家階級も没落した。因みに私は1970年代後半の大学時代、西陣の千本中立売を下がった町家の離れに下宿していた。当時もまたつい最近まで私は、同志社大学の南側にある京都御所が代々京都の中心地だと思っていた。しかし本来の平安時代の平安京、大内裏は現在の京都御所から約1キロ程西の位置にあった。応仁の乱後の荒廃、戦国時代の百年の動乱を経て、やっと江戸時代になって京都御所は現在の場所に移転され、公家屋敷と共に整備されるに至ったとされる。つまりかつて私が下宿していた西陣千中の町家の辺は、正に大内裏の中心地であったのだ!千二百年の平安京の歴史とは、内乱と政争、武家勢力と寺社勢力との争いと拮抗があり、公家から武家そして町衆の台頭へと続く歴史絵巻でもあった。  
 その後も、現在も西陣に残る京町家、西陣の町衆が設立に尽力した今は廃校となった西陣小学校、かつて隆盛を極めた西陣の繊維問屋の親方衆が居住した紋屋町にある西陣最古の路地、法華宗総本山本隆寺、牛若丸がここから奥州へ旅立ったといわれる首途八幡宮、江戸時代の西陣織全盛の頃、一日に千両の商いがあったといわれる「千両ヶ辻」を一行は歩く。  
 最後に、西陣の石碑が立つ西陣織会館前に到着。ここで2時間半に及んだ古武氏によるツアーが、参加者一同の拍手と共に終了する。17名のツアー参加者の方々、スタッフの方、ガイドの古武さん、皆さんどうもお疲れさまでした!  
 尚、「まいまい京都ミニツアー」では他にも毎月、様々な京都ツアーを開催しています。詳細は、京都ミニツアー「まいまい京都」@
maimai-kyotoへ。  

ー写真カットは、総勢16名で直ぐ近くにある京町家、古武邸に向かう「まいまい京都ミニツアー」参加者の一行。5月6日午後、京都市考古資料館前にて撮影。  



プロフィール

二階堂 新

Author:二階堂 新
 1955年生まれ、京都在住。フリーライター、フリーカメラマン、作家、企画主催者。皆さん、ヨ・ロ・シ・ク!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
二階堂 新 賢者は、かく語りき
最新記事
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる